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金沢地方裁判所 昭和31年(モ)454号 判決

債権者 加藤虎松

債務者 南伊三郎

主文

本件につき昭和三十一年十一月二日当裁判所のなした仮処分決定は之を取消す。

債権者の右仮処分決定の申請は之を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

此の判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

債権者代理人は本件仮処分決定は之を認可する旨の判決を求め、その理由として、別紙〈省略〉目録記載不動産(以下本件家屋と称する)はもと申請外中谷巌の所有であつたが、右不動産に対する抵当権者たる申請外庄田次作の申立により、当裁判所において任意競売手続が開始せられ(昭和二十九年(ケ)第六〇号不動産競売事件)債権者は昭和三十一年七月六日金七拾万円にて之を競落し、即日保証金七万円を納付し、同年八月十日残金六拾参万円を納付し、同年八月十四日所有権取得登記を経て完全に其の所有権を取得した。そして当裁判所に右物件に対する引渡命令を申請し昭和三十一年九月五日右中谷巌に対する不動産引渡命令(昭和三十一年(ヲ)第九八号)を得た。然るに債務者は債権者に対抗し得る権限なくして右競売手続中である昭和三十一年九月十日別紙目録記載の家屋に立入り之を不法に占拠しており他に転貸する虞れもあるので債権者の所有権に基く引渡請求権を保全するため本件仮処分申請に及んだのであるから、其の認可を求める。債務者の主張する賃借権は債権者に対抗し得ないものであると陳述した。(疏明省略)

債務者代理人は本件仮処分決定第一、二項を左の通り変更する、別紙目録記載不動産に付本案判決確定に至る迄債権者の占有を解除し債務者の占有使用することを条件として金沢地方裁判所々属執行吏高村基雄に占有保管を命ずるとの判決を求め、異議の理由として、債務者は妻と子四名(女児三名男児一名)の六人家族でありタイル業を営んでいるものであるが申請外谷本乙松は本件仮処分の目的たる家屋において小料理店を営業していたところ、債務者は昭和三十一年六月右申請外人より其の営業設備一切と右家屋の居住権の譲渡を受け右申請外人の営業廃止料、引越料其の他の費用をも含めて代金四十五万円を支払い、右家屋の引渡を受けて同所に家族と共に居住しタイル業を営んで平穏に生活していたところ、同年十一月五日突如本件仮処分決定(いわゆる断行命令)の執行を受け、執行吏は右家屋の占有を債権者に移した。一家は咄嗟の出来事にて移るに住居なきため已むなく債務者本人と妻及び男児の三名は金沢市増泉町イ二八番地延沢長正方へ無理に依頼して引越し、女児三名は妻の兄なる金沢市河原町六六番地酒井友吉方へ移住し、親子家族は別居するに至り従来のタイル業も之を営むことができず、且つ移住先にも永く同居することを許されず前途暗澹たる事情にある。

債権者は曩に本件仮処分命令の本案訴訟として当庁に債務者を被告として建物明渡請求訴訟事件(昭和三一年(ワ)第四三六号)を提起したのであるが、明渡請求の正当事由の有無は右訴訟の本案判決において判断せられるのであるから原告たる債権者が右訴訟において勝訴の判決を得て明渡の執行をせられるならば格別として右本案訴訟は目下係争中であるにも拘わらず本件仮処分において確定判決と同一の効力を有する明渡の断行命令は違法である。従つて本件仮処分命令は債務者をして第三者に転貸したり、又は増改築を許さないという意味において本案判決確定迄本件家屋の使用を許すことを条件として執行吏に保管を命ずる趣旨に変更する旨の判決を求めると陳述した。(疏明省略)

理由

先づ本件仮処分の被保全権利たる本件家屋の明渡請求権について判断するに、本件家屋がもと申請外中谷巌の所有であつたことは当事者間に争なく、抵当権者たる申請外庄田次作の申立により昭和二十九年五月十七日当裁判所において競売手続開始決定がなされたことは成立に争のない甲第七号証により疏明される。そして右競売申立登記の記入された日が同年五月二十二日であり、右競売開始決定が右中谷巌に対し公示送達の方法により同年八月十九日当裁判所の掲示場に掲示されたことは昭和二十九年(ケ)第六〇号競売事件により当裁判所に職務上顕著である。競売申立登記記入の日と競売開始決定送達の日との両者のうちいずれかその早い方の時に差押の効力を生ずることは既に判決例の確定した理論である。(大審院決定昭和二年四月二日、民集六巻一四七頁)。従つて本件においては競売申立登記記入の日たる昭和二十九年五月二十二日に差押の効力を生じたものと謂わねばならぬ。

しかして債務者の自陳する期間の定めなき賃貸借は民法第六〇二条の期間を超えない短期賃貸借と解するを相当とし、かかる短期賃貸借における建物の引渡(借家法第一条所定の引渡)が右の差押の効力の生ずる前になされたものなる場合は賃借権者は抵当権者に対抗し得るも、右差押の効力を生じた後に発生した賃借権には民法第三九五条の適用がなく、之に対抗し得ないことも判例法の確定した理論である。(大審院判決、大正二年一月二十四日民録一九輯一三頁、昭和四年五月一八日法律新聞二九九一頁、昭和九年九月五日法律新聞三七四四頁)そして競落により代金を支払い所有権を取得した競落人も其の所有権取得登記を経た時はその所有権につき対抗力を取得すると共に、抵当権者と同様に右差押の効力を生じた時以後に生じた賃借権に対抗し得る地位にあるものと考えるのを相当とする。蓋し然らずとせんか右賃借権者は抵当権者には対抗し得ないが競落人には対抗し得ることとなり、その法律関係は寄観を呈し、且つ競落人には不測の損害を加えると共にその権利保護の薄きに失するが故である。

ところで本件において債務者が本件建物につき短期賃借権を取得しその引渡を受けた日が昭和三十一年六月十二日であることは証人谷一太郎の証言により疏明されるから前記差押の効力を生じた昭和二十九年五月二十二日より二年以上を経過しているのであり成立に争なき甲第三、四号証によれば債権者は競落代金支払済なることが疏明され、且つ債権者が競落による所有権取得登記を経たことは前記競売事件により当裁判所に職務上顕著であるから債務者の賃借権は競落人たる債権者の所有権に対抗し得ない。よつて債権者が被保全権利たる本件家屋の明渡請求権を有することは疏明されたものと謂わねばならぬ。

次に本件仮処分の必要性について判断を進める。一般に任意競売における競落人は本来競売法第三二条民事訴訟法第六八七条の規定に従い不動産引渡命令に基き債務者に対し引渡の執行をなし得る。

併し乍ら第三者の占有している不動産についても引渡命令を発し得るかについては見解の分れるところである。此の点については前記差押の効力を生じた時より後に不動産を占有するに至つた第三者に対しては之を積極に解すべきものと思料する。其の理由の第一は差押の効力を生じた時より後に不動産を占有取得するに至つた第三者は之を代金を支払つて所有権を取得した競落人に対抗することができず、競落人はこれらの第三者の権利を否認し得るからである。此の理は第三者が賃借権を有する場合でも之を以て競落人に対抗し得ないのであるから同一であり、第三者が不法占拠者である場合は尚更らである。第三者が不法占拠者である場合には別に此の者に対して明渡訴訟を提起すべきであるとの説があるが理論の透撤を欠き首肯し難い。第二に民事訴訟法第六八七条第三項にいわゆる債務者とは通常の場合につき立言しているものと解すべく、債務者以外の第三者を特に除外する積極的意味を有しないと解すべきであるからである。従つて差押の効力を生じた時以後之を占有するに至つた第三者に対しては競落人は直接其の第三者に対する引渡命令を求め得べく、かかる引渡命令は何等違法ではない。

飜つて本件をみるときは、債務者は差押の効力を生じた時以後に本件家屋の占有を取得したもので競落人たる債権者に対抗し得ないものであること前段説示の通りであるから、債権者は直接に債務者に対する引渡命令を求めることができるのである。果して然らばかかる簡易迅速なる執行方法に依拠し得るに拘らず本件仮処分申請に及んだことは甚だ迂遠な手段であつて、仮処分の必要性は之を欠缺するものと言わねばならぬ。

されば断行命令の違法性について論及する迄もなく本件仮処分は之を取消し、債権者の本件仮処分決定の申請を却下すべく、訴訟費用に付民事訴訟法第八十九条、仮執行宣言に付同法第七五六条の二を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 辻三雄)

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